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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)127号 判決 1976年11月16日

原告 宮川淑 ほか二名

被告 内閣

訴訟代理人 伴喬之輔 玉田勝也 中村均 阿南文孝

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告ら)

一  被告は、第三四回衆議院議員総選挙施行前に、現行の公職選挙法別表第一における千葉県第四区の議員定数改正案を国会へ提出する義務を有することの確認を求める。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(原告ら)

請求の原因は別紙一、被告の答弁に対する反論は別紙二のとおり。

(被告)

別紙三のとおり。

理由

一  本件訴旨の既要

原告らの本件訴の趣旨は、これを約言すれば次のとおりである。

公職選挙法一三条、別表第一および同法附則七項による千葉県第四区(原告らの居住する選挙区)の衆議院議員の定数の定め(以下「本件議員定数配分規定」という。)は、同表による他の選挙区の議員一人あたりの有権者分布差比率において著しく不合理な偏差があり、これは明らかに、なんらの合理的根拠に基づかないで原告ら一部の国民を不平等に取り扱つたものであるから憲法一四条一項、一五条に違反する。したがつて、前記配分規定および同法附則(ただし、昭和五〇年法律六三号により改正されたもの)一条ただし書に基づき第三四回衆議院議員総選挙が施行されるならば、憲法によつて保障されている原告らの投票の価値の実質的平等が侵害されることとなり、そのため右衆議院議員総選挙が憲法に違反するとされることは必定である(最高裁判所大法廷昭和五一年四月一四日判決参照)。よつて、原告らは、第三四回衆議院議員総選挙において行使すべき選挙の投票価値の実質的平等を実効あらしめるべく、被告に対して、右衆議院議員総選挙の施行前に本件議員定数配分規定の改正案を国会へ提出する義務があることの確認を求めるため本件訴を抗告訴訟として提起したものである。

二  当裁判所の判断

1  原告らは本件訴を抗告訴訟であると主張する。

しかしながら、本件訴は、行政庁たる被告の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟であることが明白なところ、原告らが侵害のおそれがあるとして本件訴によつて保護を求める権利は、憲法上国民すべての成年者に対して保障されている衆議院議員の選挙権であつて、これを原告らの居住する選挙区である千葉県第四区において行使しうべき選挙権に限定してみても、同選挙区に居住する選挙人すべてに等しく与えられている権利にほかならないことは明らかである。そうであるとすると、本件訴は、原告らのみならず、千葉県第四区の選挙区に属する選挙人でありさえすれば、その資格において何人でも提起できる性質の訴訟というべきであるから、原告らは、本件訴をその固有の法律上の利益に基づくというよりも、選挙人たる資格において提起したのとなんら異なるところがなく、したがつて、本件訴は抗告訴訟にはあたらず、行訴法五条にいう民衆訴訟に属するものと解すべきである。

ところで、選挙権は国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利であることはいうまでもないのみならず、選挙人の投票の価値の実質的平等もまた憲法の要求するところであると解されるから、選挙人は公選法二〇四条に基づく衆議院議員の選挙の効力に関する訴訟において、当該選挙が違憲の議員定数配分規定に基づいて施行されたことをも無効事由として主張できるものと解すべきである(最高裁判所大法廷昭和五一年四月一四日判決、裁判所時報六八八号一頁参照)けれども、そうであるからといつて公選法二〇四条が本件訴のような民衆訴訟をも包括的に許容するものとは到底解せられないし、公選法あるいは、その他の法律上、右のような訴を認める規定の存在しないことも明白である。

してみれば、本件訴は法律上提起することができる定めのない民衆訴訟ということに帰するから、行訴法四二条所定の要件を具備しない不適法なものというべきである。

2  仮りに、本件訴を、原告らが侵害されると主張する原告ら個人の権利のみに着目して、抗告訴訟と解しうる余地があるとしても、次の理由により結局これを適法とすることはできないものである。すなわち、

本件議員定数配分規定は、前掲最高裁大法廷判決が違憲であると判断した配分規定を昭和五〇年法律六三号により改正した規定であつて、右判決の違憲判断の対象とされていないのであるが、仮に本件配分規定を違憲であるとして、これを更に如何なる内容の改正案として、何時これを国会に提出すべきか等については、その判断にあたり広範な社会的政治的諸情勢に基づく諸種の政治、立法的配慮と専門技術的処理を要することであつて、行政庁たる被告の具体的裁量に基づく第一次的判断権の範囲に属し、抗告訴訟として司法審査に親しまないことは明らかというべきである。

したがつて、本件訴は、抗告訴訟としても結局不適法たるを免れないというべきである。

3  よつて、本件訴は、いずれにせよ不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 飯村敏明)

(別紙一)

一 原告らは、現行の公職選挙法別表第一が定める衆議院議員の選挙区・千葉県第四区に居住する選挙権者である。

二 公職選挙法別表第一の定める千葉県第四区の議員定数配分は、他選挙区のそれとの比較において、憲法一四条の平等権および一五条の参政権に違反している。

三 したがつて被告が、現行の公職選挙法別表第一のまま総選挙施行の公示を天皇の名において行えば、憲法一四条および一五条が原告らに保障している平等権・参政権の実質を侵害する。

四 そこで被告には、現行の公職選挙法別表第一における千葉県第四区の議員定数改正案の提出権を行使する義務の存することの確認を求めるものであるが、その理由は以下のとおりである。

1 国会に対する議案の提出権を行使するしないは、一般的には内閣の自由裁量であり、立法政策の問題であるが、それはあくまでも最高法規である憲法の許容する範囲内においてである。

公職選挙法が定める具体的選挙制度が憲法の規定に反するものでないかどうかのたえざる吟味と検討の責務は、政府とくに自治省にあり、当該法律が憲法に違反するに至つた時点において、客観的資料にもとづき可及的速やかにそれを是正するため法改正の提案権を行使すべきは内閣の義務であり、それを行わないとするならば、自由裁量権の濫用にあたる。発議なければ議決なく、内閣が提出権を行使しなければ、目前に確かなものとして迫つている原告らの平等権、参政権への実質的侵害を事前に予防することは不可能なのである。

具体的には、公職選挙法別表第一の末尾に「本表はこの法律施行の日から五年ごとに直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例とする」と定められているのである。この定めは、通常の場合、すなわち、定数の不均衡が平等権、参政権を実質的に侵害し、受忍できないときには改正の義務のあることを意味している。他方その不均衡が平等権、参政権の軽微な形式的侵害しか及ぼしていないときには改正の義務の免除を規定しているものと解釈される。しかるに現在の不均衡は、平等権、参政権の実質的な侵害にあたり、これを是正する義務の生じている一場合である。

2 選挙における「平等取扱いの原則」とは、参政権の計算価値だけでなく、その結果価も均等であることを保障するものであり、居住場所によつて参政権の結果価値に実質的な不均衡がもたらされるのは、憲法一四条、一五条に違反する。

3 ところで、現行の公職選挙法別表第一のままで総選挙が施行されると、どの程度参政権の結果価値の不均衡がもたらされるか、現行の同法別表第一の規定にしたがい兵庫県第五区と原告らの選挙区を比較するならば、その不均衡は著しく、不合理な格差が存する。

すなわち、まず昭和五〇年一〇月一日現在の人口数との関連で指摘するならば、原告らの居住する千葉県第四区における議員一人当たりの人口数は四一一、八三五であるのに対し、兵庫県第五区のそれは一一〇、七四九であつて、その比率は三・七一対一である。また同じ千葉県内の第三区と比較するならば、三・二八対一である。

次に、昭和五〇年九月一日現在の有権者数との関連で指摘するならば、千葉県第四区における議員一人当たりの有権者数は二六八、〇七一であるのに対し、兵庫県第五区のそれは八〇、二四九であつて、その比率は三・三四対一である。また、千葉県第三区と比較するならば、二・三六対一である。

以上に見られるような一票の価値に関する参政権の結果価値の著しい不均衡は、投票価値の平等という民主政治の根本原則に反しており、内閣がその改正の提案権の行使をする義務の発生する場合である。

4 すでに提案権の行使義務が発生しているだけでなく、それを履行し、公職選挙法別表第一を改正する機会も存在した。

すなわち、直近の国勢調査(昭和五〇年一〇月一日現在)における人口統計が公表されたのは昭和五〇年一二月一〇日であり、その結果を第七七通常国会(昭和五〇年一二月二七日召集)に反映させることは可能だつたはずである。また今後の可能性として、近々召集される予定の臨時国会の場がある。

原告らの居住する千葉県第四区は、もとは同県第一区であつた。それが昭和五〇年七月、公職選挙法の一部改正に伴つて分割し直され、第四区となつたものである。たしかにその時点において、それまで存在した極端なまでの定数不均衡はやや是正された。しかしその改正は、昭和四五年の国勢調査を基準とし、一票の投票の結果価値の格差は、二・九二対一にまで修正されたにすぎなかつた。このような修正は、提案権の行使義務の履行はあつたものの、義務の内容の適憲・適法な履行とはいえず、それまで存在した違憲状態の解消にはほど遠いものであつた。

したがつて、最高裁判所をして、昭和五一年四月一四日判決(昭和四九年(行ツ)第七五号)で違憲と断定せしめた昭和四七年一二月一〇日実施の総選挙当時の定数不均衡は、提案権の行使義務の適憲・適法な履行がなされず、またそれ以降もその義務の発生があるにもかかわらず履行されないため、今日まで持ち越されているのである。

五 以上から明らかなように、被告に、現行の公職選挙法別表第一における千葉県第四区の議員定数改正案の提出権を行使する義務の存することを確認することをつうじて、原告らの平等権・参政権の侵害の救済に資するものと判断し、訴えを提起した次第である。

(別紙二)

一 原告らが請求原因で指摘したように、法案を提出する提出しないの選択は、いうまでもなく、憲法という最高法規で認められた範囲内にある場合だけであり、法案提出という自由裁量権もその範囲の大枠は憲法で覇束されており、無制限のものではない。したがつて、違憲で無効の法律が存在し、それにもとづき法の執行がなされる場合には、その改正案の不提出は、自由裁量権の乱用にあたる。そうした事態が生じているとき、国民の権利自由を侵している法律の改正案を提出せずに放置することは、次に述べるように、憲法一三条と九九条に違反する。

国民は、憲法一三条で「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と明定されているとおり、憲法上の利益を有し、また国務大臣や国会議員等は、憲法九九条で、憲法を尊重し擁護する義務を負うことを明定されている。右憲法尊重擁護義務の具体的な現れ方は種々であるが、国民の権利自由を侵している違憲で無効の法律の改正案を提出せずに放置し、是正しない行為は、すでに自由裁量権の範囲内にはなく、提案権を行使する義務に転化するものというべきである。

また国民は、憲法一三条により、国民の権利自由を侵している違憲で無効の法律を是正させるための憲法上の利益を有しているゆえ、その法律の改正案の提出権はやはり提出権を行使する義務に転化するのである。

この考え方は、次の理論の適用でも成立する。すなわち、生存権は権利であるか憲法上の利益であるかまた政治上の方針規定であるか、その論争は一定しないが、プログラム規定の効力として次の内容が通説では認められている。すなわち、立法機関は、国家財政・国民経済の許す限り、必要な立法を行う法的義務がある。「発議なければ審議・議決なし」という原則が妥当するから、この法的義務には当然、提案権を行使する義務が含まれることになるのである。

二 原告らは、選挙区の違いによつて参政権の結果価値に二対一をこえる格差がある公職選挙法別表第一は違憲で無効と判断するが、前述したように、現実的に平等権を侵し、また将来的には参政権を侵す危険のある公職選挙法別表第一に従い総選挙を施行することは、合憲で有効な公職選挙法別表第一の改正案の提出権を行使する義務の不履行となり、それはとりも直さず国家の国民に対する平等権と参政権の侵害の不法行為となる。

提案権の行使義務を履行しないことにより、特定時点における特定多数の選挙権者と被選挙権者の平等権を侵害し、また総選挙が施行されれば、投票した有権者の選挙権等参政権を侵すことになるのである。

公職選挙法別表第一における選挙区画・定数等の配分規定は参政権の結果価値に対する一般処分と同じ性格を有し、また平等権の範囲に対する一般処分でもある。

三 前述したように、憲法九九条は、国務大臣その他に憲法尊重擁護の義務を課しており、憲法に違反する法律をそのままに放置することは本規定に違反する。

また、憲法九八条は、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と規定しているが、「憲法に違反する法律は原則として当初から無効であり、またこれに基づいてなされた行為の効力も否定されるべきものであるが、しかしこれはこのように解することが、通常は、憲法に違反する結果を防止し、又はこれを是正するために最も適切であることによる」(昭和四九年(行ツ)最高裁判決文二二頁)のであつて、明確に憲法に違反する事態が予見される場合、それを防止することは、憲法上の第一義的要請なのである。

そのためには、実定法規の窮屈な技術的文理解釈のみによつて処理するのではなく、どのようにすれば違憲選挙を事前に防止しうるか、その方策を、立法府、行政府^司法府そして国民の四者の国憲構造の基本的関係のなかで案出する必要があるはずである。

前記最高裁判決も、国民の基本権に対する憲法の保護をそのようなものとしてとらえ、「およそ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正、救済の途が開かれるべきである」ことを「憲法上の要請」だとしているのである(前記判決文二五頁)。

選挙終了後その無効の判決を求める訴訟が公職選挙法二〇四条の定めによつて可能であることは、前記最高裁の判断によつて示されたとおりであるが、選挙前に確実に予見される違憲行為を防止するために訴訟法上可能な唯一の手続は、原告らが依拠した行政事件訴訟上の手続である。

こうした手続の成立の可能性については、前記最高裁判決のなかで、岸盛一裁判官が指摘している。すなわち「私は、この種訴訟の民衆訴訟的な性質を考慮しながらも、その抗告訴訟的性質を重視し、権利救済についての一般的な手続法である行訴法を手がかりとして、この種訴訟の性格にふさわしい手続を案出するのが適当ではないかと考える。ただ、このように考えるとしても、もともと公選法も行訴法もこの種訴訟を予想していないのであるから、行政訴訟法上の既成の法概念をもつてしては律しきれないものがあり、法体系の理論的整合の点で多少の無理をおかすことは免れない。しかしながら、平等な選挙権という議会制民主政治に不可欠な国民の基本権が憲法に直結するものであることにかんがみるならば、在来の理論的障壁を乗り超えて、ある程度の自由な法創造的思考の加わることは当然なことと考える。…配分規定は、いわゆる一般処分に近似した性格、機能をもつものとみられないこともないので、配分規定そのものを抗告訴訟の対象としてとらえることもあながち不当とはいえず、この場合右配分規定による具体的な選挙の施行によつて平等選挙権の侵害が現実化したものとして抗告訴訟の原告適格を肯定することもできるのではなかろうか」(前記判決文五四ー五七頁)と。

現行の定数配分のまま総選挙が行われれば違憲であることが確実に予知される以上、これを予防せずに放置することは、いかなる機関にも、またいかなる人間にも許されるべきものではないはずであるからして、唯一可能な手段として原告らの抗告訴訟が許容されるべきは当然なのである。

四 次に、原告らが提起した予防的義務づけ訴訟が、法律上の争訟として成立しうることを述べたい。

この種の訴訟は、行政訴訟法上、無名抗告訴訟の一形態としての位置づけを与えられているが、これが可能である場合の要件として、<1>行政庁の不作為によつて国民に重大な損害ないし危険が切迫していること、<2>事後では救済が困難であること、<3>他に適切な手段がないこと、などがこれまでの判例および学説上挙げられている。

こうした要件基準に照らした場合、本件はまさにそれらの要件に適合する。すなわち、<1>違憲状態にある現行の公職選挙法別表第一改正のための法律案の提出義務を内閣が履行しないことによつて、近々に原告らの平等権、参政権を侵すことが確実な総選挙が切迫していること、<2>昭和五一年四月一四日、最高裁判所は、昭和四七年一二月一〇日実施の総選挙のうち、千葉県第一区に関する部分を、定数不均衡を理由に違憲としたが、選挙の効力そのものを無効とすると公の利益に著しい障害を生じるとして、選挙は有効とする事情判決を下した。こうした判決の内容は、違憲選挙によつて侵された国民の権利の事後の救済が極めて困難であることを判示している。<3>違憲選挙を事前に予防する手段としては、現行の法規のなかで行政事件訴訟法上の抗告訴訟において他に適切な手段がない。

五 被告の答弁における原告らへの反論は、要するに、法律案の提出権は内閣に「のみ」専属するものではないこと、また、内閣に法律案提出の責務がある場合でもそれは「個々の」国民に対する法律上の義務に当たらないこと、そして、法律案の提出、不提出は、国民の権利義務に「直接」影響を及ぼすものではないという三点の理由から、「法律上の争訟」に該当しないと主張するものである。原告らは以上の三点につき反論する。

法律案の提出権はたしかに内閣にのみ専属するものではなく、国会議員にもある。しかし、原告らが請求原因で述べたとおり、公職選挙法が定める具体的選挙制度が憲法上の定めに違反するかどうかの吟味と検討の責務は、そのための機関である自治省にあり、当該法律が憲法に違反するに至つた時点において、それを是正するための法改正の提案権を行使する義務は、だれはさておき内閣にある。

次に、公権力の行使の国民に対する関係が、個々の国民に対する場合しか法律上の争訟となりえないわけではない。近年の判例、行政法学においては、行政行為の公権力性は、その行為が国民の法益に対し事実上の支配力をもつている状態を広く指すものと理解されており、いわゆる一般処分であれ、法令の形式の行為であれ、そこに権力性が存する場合、その行使を義務づけ、また排除する意味で、その公権力の行使に利害関係を持つ国民は、一人であろうと多数であろうと、特定されている場合は、法律上の争訟を起すことができるのである。

さらに、国民の権利義務に対する影響の「直接」性に関していえば、たとえば形式的行政処分の場合、それが抗告訴訟の対象になりうる要件として、それが国民の法益に与える効果の「直接」性は問わないのが妥当とされる(杉村正敏・兼子仁『行政手続・行政訴訟法』二七七頁)。そしてそのような形式的行政処分は、国民が争訟の便宜上、行政処分とみたてるものであるから、行政が一連の行動手続を経るようなときに、そのいかなる部分をとらえるかについて、相当程度は、争う国民に選択の余地がありうるとされる(前掲書二七九頁)。そこで、行政内部的行為であつても、それをとらえて抗告訴訟の対象にすることは裁判所の判断でも認められている。たとえば、東京地方裁判所判決(昭和四六年一一月八日)は、行政庁内部の通達に関し「通達であつてもその内容が国民の具体的な権利義務ないしは法律上の利益に変動をきたし、通達そのものを争わなければその権利救済を全からしめることができないような場合は、…国民から通達そのものを訴訟の対象としてその取消しを求めることも許されると解するのが相当である。…最も適切な法的手段としては、…右通達そのものの取消しを求めるほかはないといわなければならない」(行裁例集二二巻一一・一二号、一七八五頁)とする。

この判決における考え方は、国会内における法律の制定・改正行為に関しても類推適用されうる。すなわち、法律の提出は、その議決の大前提として不可分の連鎖を構成しており、第一段階としての公権力の行使たる内閣の法律の提出義務そのものを抗告訴訟の対象にみたてて争わなければ、原告ら国民の権利利益の救済は現行法上不可能なのである。そしてまた提出義務の履行を求めることが最も適切な手段なのである。

国家には、固有・最高・絶対の統治権があり、その内容の一つとして立法権がある。立法権の内容には、提案権、審議権、議決権等が含まれるから、公職選挙法別表第一の改正案を提出する行為は、優越的立場における公権力の行使である。また、選挙区画・定数の定め方によつて平等権と参政権の結果価値に対し量的範囲を確定する法効果を有し、提案・審議・議決という不可分一体の過程において、国民に法効果の変動を及ぼす一端を担つている提案権の行使義務の履行は、「行政処分」の要素を満しているのである。

次に、被告の答弁における「行政庁の処分」の解釈が、固有の意味での行政行為をとらえたものであることはいうまでもないが、今日、判例や学説にみられる「行政庁の処分」の解釈は、はるかに広範囲のものとなつている。すなわち「行政庁の処分」とは、広く「行政庁の一方的に実施する公役務で国民生活を他律的に規制するもの」(原田尚彦『訴えの利益』一五〇頁)とされ、こうした行政処分のなかにはすでに指摘した形式的行政処分も含まれるのである。

六 以上述べたとおり、違憲状態にある現行の公職選挙法別表第一改正のための内閣の法律案提出権を、国民に対する公権力の行使に該当するものとみたてて、本件を抗告訴訟として提起した原告らの訴えを、不適法なものとみなし、却下決定を求める被告の答弁には理由がない。

(別紙三)

一 原告らは、被告に対し、次回の衆議院議員総選挙施行前に「公職選挙法別表第一における千葉県第四区の議員定数改正案」を国会に提出する義務の確認を請求している。

しかしながら、法律案の提出権は内閣にのみ専属するものではなく、また、特定の法律案の提出が内閣の政治上の責務に属すると認められる場合があり得るとしても、それは個々の国民に対する法律上の義務に当たるものではない上、法律案の提出そのものが法律制定過程における単なる発案にすぎないのであるから、内閣において特定の法律案を提出し又は提出しないことが個々の国民の権利義務の形成、変動に直接影響を及ぼすものではないのである。

したがつて、内閣の特定の法律案の提出・不提出に対する不服は国民の具体的な法律関係についての紛争といえないことは明らかであつて、請求の趣旨記載の法律案の提出義務の確認を求める本件訴えは、裁判所法三条一項の「法律上の争訟」に該当しない。

二 また、本件訴えは、抗告訴訟として請求の趣旨記載の法律案の提出義務の確認を求めているものであるが、抗告訴訟の対象である行政庁の処分は、国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確定する効果を有する権力的行為でなければならないところ、内閣の国会に対する法律案の提出は、前述したように、国民の権利義務に直接影響を与えるものではないから、原告らが義務の確認を求めている法律案の提出は、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分には該当しない。

三 以上のとおりであるから、本件訴えは不適法なものとして却下されるべきである。

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